my organicのブログ

一人ひとりに合ったバランスで酵素を取り入れる、新しい食のスタイル。

めざす目標は明確に☆

心の傷、トラウマ、PTSD、幼少期の辛かった寂しかった思い出と触れ合うことが多い最近。

お仕事ではカウンセリングで、プライベートでは娘や友人との関わりの中で、よく思うことがあります。

 

例えば世の中に「人とはこうあるべき」という基準みたいなものがあるとすれば、そこから大いに逸脱する傾向を持つ資質は、いわゆる心の傷と見なされたりします。

 

でも、そのスタイルで生きてくる中で基本的な人格形成がされてきたため、傷ついた感情が再現された時、その人は自分らしさを感じてしまうことがあります。

幼少期に寂しい経験をした人は(それを傷として捉えている場合)、その後の人生でも寂しい体験をするたびに安心感や自分らしさに戻ってきた感情を抱いてしまうことも多いんですね。

 

マイナスな影響や結果を招いた時に、その本質のネガティブな側面だけをみていれば、それは辛く苦しいことでしかない。

 

日本で、世界で活躍できる人って、その奥の深い部分にいったい何があるんだろう?

例えば、幼少期のネガティブな感情からくる衝動的なほどの湧き出るエネルギーがあるとして、それをどこへ向けたら輝かしい成功となり、そうでない場合に自己の腐敗を招き失敗となるのか?

 

誰かのやり方を真似するのではなく、大事なのは『その人にとって何がベストか?』ということ。

 

パッとしない人生だと思うならば、それは自分自身の問題

来たるチャンスに備えておかなかったために、チャンスを活かせなかった。

ずっと逃げて続けてきた、排他的に生きて自分を分かろうとしなかったために、行き詰まりが多いはず。カッコ悪いから、もう裸にはなれない、とね。

人は必ず人と関わることでしか自分をわかることができないんです。

 

また、自分が自分の責任で大人まで持ち越してきたにも関わらず、癒すこと癒されることに執着していても始まらない。

癒されるべきで、癒されなければならない、という考えに呪縛されることが果たして幸せを感じるための良き道だと言えるのか??

 

一昔前、健康オタクが思うような健康を手に入れることができず心も身体も消耗しきるケースが、思い出されます。

 

ものの良いところだけ吸収したい、悪いところは極力見たくない排除したい

きっとそれが心地良いのだと信じている。

 

 “批判ばかり受けて育った子は非難ばかりする”

 

例えば、こんな心で生きてきた人生は苦しいと思います。

ずっと怒ってる人、文句ばかり言ってる人、周りにいませんか?

本人にその自覚はなく、ただ人のせい社会のせいにしていないといられないだけ。

 

そりゃ苦しいだろうけど、、 

もう過去は変えられないんだから、与えられた中で生きていくしかないんだし。

 

人には、ある程度は与えられた課題乗り越えるハードルがあると言いますね。

 

『苦しいとこが多いのは自分に甘えがあるからだ』

『辛いことが多いのは感謝を知らないからだ』

『心配することが多いのは今を懸命に生きていないからだ』

 

私が20代の頃、励みにした戒めの言葉です。

先日読み返してみたら、たくさん日記に書いてありました。笑 

 

さて、0歳〜7歳におおよそのことが決まってくる。ということに偶然が多いです。

味覚の形成、運動の基礎能力、感情の表現方法、国語力、習慣の形成、など。

日頃から近くにいる大人をそのまま模倣して吸収しまくるから、基本的な行動パターンは反射的に再現され、それは大人になっても“普通”または“常識”となっていきます。

そして、時に人はそれを“自分らしさ”とか“自然体”と言いもう一度逃げます。笑

 

生き方の基礎的な部分なので、一生なかなか変わらないもの。

このオートマティックに繰り返される癖は、他人だけがわかるものとなっていき、それらに気付かされるたびに傷つき凹み…最後には“自分らしく”と逃げるのです。

 

大人まで持ち越した発達障害や後天的な鬱傾向の改善には、自然に触れること、こと土遊びはいいそうですよ。あらゆる心理学や脳科学でも認められている泥んこ遊び

 

形のないもの、二度と同じようにはいかないものを自分でなんとかコントロールしようと試みる中で、うまくいくこともあればいかないこともある。

それ自体が良いとか悪いではなく、結局時間は戻らないんだから受け入れるしかないことを自然に学んでいくんですね。

 

大人用に応用すれば、他人をコントロールすることの難しさと無意味さ、そして無意識の自覚。習慣的な学習で違新しい習慣を創るといった感じでしょうか。

 

変わりたいけど変われない。

 

自分の心のコントロールですら思い通りにいかない私たちは、大人になるにつれてなんでも自分で決定できることを知り、コミュニケーションにおいて、それらのやり方を学び取り、お金を稼ぐようになれば欲しいものはだいたい手に入れることができるようになる、特に物質的なものは。

 

そもそも、なんでも自分の思い通りにいくことが、そんなに幸せなことなんだろうか?

うまくいかないこと、予想を反した出来事に対処するのが疲れるのならば、そのやり方自体に問題があるんじゃないのか?疲れるほど、何を隠したいのか?

 

いつも同じパターンを繰り返して自信を無くしている人

本当はしたくないけど、嫌われたくなくて無理している人

よく思われたくて背伸びしている人

 

自分という人間は、自分の人生の後ろを振り返った時にあるものすべてです。

やってきたことと言ってきたことだけ

 

やりたいこと、こうなりたい自分、憧れる自分は、自分ではない。

ということは、、

理想的な自分像が常に違うところにあり、まだ達していない、まだまだダメだ。そう思うことが多いなら、今のありのまま自分のことが、きっと認められず嫌いな証拠。

 

人はある日突然変わったりしないんだから。

今日もまた今日の積み重ねで、新しい自分をつくり、明日には自分の価値となるんです。

 

そうそう昨年夏に、オーストラリアへ連れて行って大ゲンカとなった親友。

あれからなんと!大きな変化を遂げ、十数年にわたる「だったらいいな〜」を卒業し、夢から目標の実現に向けて行動中!

本人四十半ばを過ぎ、こんなに楽しく充実した日々はない♪と。

何を言っても、どれだけ愚痴を聞いてあげても、どーーーしても受け入れられなかった上司のことを自分の心次第だと気づき受け入れつつあります。笑

次々と苦手意識を克服した結果、たった1年足らずで別人のように輝いていますよ☆

 

“豊かな心”

私にとって、これがいちばん大事。

 

ここ数年、娘はYouTubeを覚え、くだらない実況みたいなのや、なんかわけのわからんスライムをぐちゃぐちゃにする“映像”を瞬きを惜しむ勢いで観ています。笑

「そんなもん観てるより、自分でやってみた方が楽しいに決まってるやん!」

 

母ちゃん、早朝から娘と実験教材を作りました。

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ゼラチンとビーツパウダー。なんと贅沢な!笑

あーーー楽しそ♪

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こうして娘は、うまくやろうと触りまくった挙句、状況はさらに悪くなり、そしてもう元には戻らないことを徐々に受け入れ、そして諦め(すでに夜ご飯が待機している)

やってみたことに満足し、夜ご飯を食べるに至りました。

彼女の学びは、『思ったのと違う〜。けど、なんか面白かった!』でした。笑

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SNSで情報博士になった気でいても、交友関係が広がったつもりでいても、それは心にポカンと空いた穴を埋めるほどのことは期待できるはずもなく、むしろ虚しく“再現を味わう”だけかもしれない。

何が言いたいのかって?

度々Facebookやインスタグラムいじる暇があるなら、本物に触れてくださいよってことです。

 

やるなとは言いません、やりたいけれどやめれること。

言いたいのに言わないままイライラするくらいならちゃんと伝えること。

『辛く苦しいことが多いのは結局、自分のせいなんじゃないか?』

もう一度、考えてみるのもいいかもしれません。

 

トラウマや心の傷、もちろん私にだっていろいろなことがありました。

でも、過剰に反応しない自分でいれることを意識しつつ、そのすべを日々身につけていきたいと思っています♡

 

かなりの長文、読んでいただきありがとうございました!